加工原料としてのサメ肉の特性

鹿児島県 水産試験場 化学部   主任研究員  新谷 寛治

1 ねり製品原料としてのサメ肉の特性について

 前回,第276号で,サメ肉についてその鮮度変化の様子,有効と思われる鮮度指標,
さらに,漁獲後の鮮度管理が適切であれば,一般の魚類と比較して,鮮度低下の速度は
非常に緩やかであること等について述べました。
 今回は,加工原料,主として,ねり製品原料としてのサメ肉の特性について,試験結
果等を紹介したいと思います。
 表1は鹿児島市中央卸売市場におけるサメ類の年別入荷量と総入荷量に対する比率を
示しています。
 昭和30年頃,およそ2,500トンのサメ類が水揚げされ,総入荷量に対する比率も6〜9
%を占めていました。その後,徐々に減少し,昭和45年に約1,000トン,昭和50年には160
トンに減少し,対総入荷量比も0.4%となり,最近の入荷量はさらに減少して,100トン
前後となっています。
 以前,サメ肉はその大半がさつま揚げの原料として利用されていたものと思われます
が,原料の前処理,調理を必要としない「冷凍すり身」の業界への普及とともにサメ肉
のねり製品原料としての需要が減少し,これに合わせて,水揚げも減少したものと考え
られます。

  表1 鹿児島市中央卸売市場におけるサメ類の入荷量と総入荷量に対する比率
                        (単位: トン,%)
 年   入荷量   総入荷量比 
昭和30 2,515 7.3 
35 1,668 4.1 
40 1,201 3.2 
45 1,022 2.4 
50 162 0.4 
    (鹿児島市中央卸売市場年報)

 ねり製品原料として,サメ肉は現在,ごく一部の加工業者によって,さつま揚げ等の
原料に使用されていて,独特の揚げ色,或いはソフトな食感が得られると言われます。
 
 

2 原料特性

 現在,ヨシキリザメ肉の有効利用に関する調査を実施していますが,加工原料として
の特性について,結果の一部を紹介します。
 まず,試験に供したヨシキリザメ肉の一般成分組成を表2に示しました。「開発丸」
及び「鹿児島」は遠洋で,凍結処理された試料,冷凍フィレは近海もの,フィレ処理さ
れた冷凍試料です。
 いずれも,粗脂肪含量が0.2〜0.3%と非常に少ないことがわかります。

  表2    ヨシキリザメ肉の一般成分組成   (単位:%)
 試  料   水 分  粗タンパク質  粗脂肪   灰 分   備 考 
 開 発 丸 No.4  82.7 17.5 0.3 1.3  10年度 
 開 発 丸 No.7  83.2 17.4 0.2 1.3  10年度 
 鹿 児 島 No.1  83.5 15.9 0.3 1.2  10年度 
開 発 丸 85.4 12.4 0.3 0.9  9年度 
 冷凍フィレ No.1  84.6 14.4 0.4 1.2  8年度 
 冷凍フィレ No.2  85.0 14.8 0.3 1.3  8年度 

 次に,アミノ酸組成について調べた結果を表3に示しました。
 一般に,魚介類の肉味は含有する遊離アミノ酸に由来することが多く,グルタミン酸
(Glu)はうま味を,グリシン(Gly),アラニン(Ala),セリン(Ser)及びプロリン(Pro)等は
甘味を呈すると言われています。
 ヨシキリザメ肉中にはこれら呈味性のアミノ酸が豊富で,特に,グルタミン酸は最も
多く,18〜19%を占めていました。
 このように,サメ肉は脂質含量が少なく,呈味性アミノ酸も豊富で,食品原料として
優れた特性を有していると思われます。

  表3 ヨシキリザメ肉のアミノ酸組成(全アミノ酸,乾物)
 項 目  開発丸No.4 開発丸No.7 鹿児島No.1
 アミノ酸   g/100g    %    g/100g    %    g/100g    %  
 Tau  0.02  0.0  0.03  0.1  0.00  0.0 
 Asp  5.87  13.9  5.27  14.2  6.18  13.6 
 Thr  2.30  5.4  2.06  5.6  2.46  5.4 
 Ser  2.08  4.9  1.87  5.0  2.16  4.7 
 Glu  7.69  18.2  7.17  19.3  8.59  18.9 
 Pro  2.06  4.9  1.72  4.6  1.84  4.0 
 Gly  2.70  6.4  2.31  6.2  2.25  4.9 
 Ala  3.41  8.1  3.04  8.2  3.17  7.0 
 Cys   −   −   −   −   −   − 
 Val  1.38  3.3  1.39  3.8  1.41  3.1 
 Met  1.16  2.7  0.94  2.5  1.21  2.6 
 Ile  2.06  4.9  1.78  4.8  2.26  5.0 
 Leu  3.83  9.0  3.40  9.2  4.25  9.3 
 Tyr  0.02  0.0  0.01  0.0  1.49  3.3 
 Phe  1.77  4.2  1.56  4.2  1.92  4.2 
 His  1.29  3.0  1.28  3.5  1.37  3.0 
 Lys  1.98  4.7  1.06  2.9  2.10  4.6 
 Arg  2.73  6.4  2.20  5.9  2.91  6.4 
 Trp   −   −   −   −   −   − 
 計  42.35  100.0  37.09  100.0  45.57  100.0

 一方,サメ類の筋肉中には1.5〜2.0g//100gの尿素が存在し,死後,筋肉,或いは細
菌の酵素によって分解され,アンモニアが発生し,悪臭の原因となります。
 今回,調査した結果,供試したヨシキリザメ肉中に1.6〜2.0g/100g(水分83.7〜85.6%)
の尿素が含まれていました。
 サメ肉を加工食品の原料として利用する場合,食品によって,この尿素の一部を事前
に除去する必要があるものと思われます。
 
 

3 ねり製品原料としての特性

 サメ肉のねり製品原料としての加工適性に関する研究報告は数多く,一般に,色が白
く,坐りにくく,強い足を形成すると言われます。
 表4は過去に当場で行われた調査の結果で,水晒し条件がかまぼこゲル形成に及ぼす
影響を調べたものです。
 その結果,無晒しの場合,ゼリー強度が256g・pであったのに対して,重曹,或いは
塩化カルシウム溶液に晒すことによって,ゼリー強度が増大し,特に,後者ではその値
が913g・pとなり,食感及び折曲げ試験の評価も大幅に改善され,その要因としてpH
の調節(上昇),或いは水晒しによる尿素の除去等があげられています。
 現在,遠洋で急速凍結処理されたヨシキリザメ肉を用いて晒し方法,或いはpH等を
変えてかまぼこ形成能について試験を行っていますが,結果は表5のとおりで,ゼリー
強度の値は文献値と比較して,非常に小さなもので,pH調節等の効果を確認するには
至っていません。

  表4 ヨシキリザメおとし身の水晒し条件がすり身のゲル形成能に及ぼす影響

 水さらしの条件 
 ゲルの強さ 
 pH 
  W     L    J・S   官 能   折曲げ 
 水さらし無し  160  1.6  256  3 5.79
 アルカリ塩水さらし  310  2.5  775  5 6.96
 塩化カルシウムさらし  365  2.5  913  6 AA 6.70
      ( 是 枝 登  1981年 )

 ただ,気仙沼から入手した氷蔵試料を用いた試験で,比較的良好な結果が得られ,上
記試料との相違点について,タンパク質,鮮度等の観点から調査を実施しているところ
です。

  表5 かまぼこ形成能響

 (1) 晒し方法  試料:開発丸,同一個体
 試 験 区   荷重(g)   変形(cm)   ゼリー強度(g/cm)   折り曲げ    足     pH  
 水さらし無し  151.8  0.61  92.60   四,割      6  6.39 
 水さらし  186.2  0.55  102.41   二,しばらく  6 6.27 
 重曹さらし  190.8  0.59  112.57   二,しばらく  7 6.45 
 塩カルさらし  155.8  0.53  82.57   二,しばらく  6 6.58 

 (2) pH     試料:開発丸,同一個体
 試 験 区   荷重(g)   変形(cm)   ゼリー強度(g/cm)   折り曲げ    足     pH  
 水さらし  188.0  0.52  97.76   二,しばらく   6  6.56 
 重曹 0.3 %  251.4  0.57  143.30   二,しばらく  7 6.69 
 重曹 0.6 %  191.6  0.54  103.46   四,割     7 6.84 

 (3) 水浸漬(尿素の除去)    試料:開発丸,同一個体  晒し:重曹 0.3 % 
 試 験 区   荷重(g)   変形(cm)   ゼリー強度(g/cm)   折り曲げ    足     pH  
 無 処 理  178.0  0.52  92.56   二,すぐ     6  6.12 
 冷水  8時間  194.4  0.46  89.42   二,すぐ    7 6.26 
 冷水 24時間  224.4  0.49  109.96   二,しばらく  7 6.43 

 (4) 氷蔵試料    試料:気仙沼,氷蔵品   晒し:重曹 0.3 % 
 荷重(g)   変形(cm)   ゼリー強度(g/cm)   折り曲げ    足     pH  
305.6  0.66  201.70   四,しばらく  8 6.31 
              ( n= 5)
 

 ヨシキリザメ等では冷凍1ケ月後の原料肉の方が凍結前の肉よりもゼリー強度の大き
な製品となるが,冷凍貯蔵期間が3ケ月に及ぶと,その値は著しく低下するとも言われ
ます。
 ソフトな食感を得るために用いられているサメ肉に強靱な足形成を求める必要はない
のかも知れませんが,ねり製品原料としての特性,或いはその他の加工食品の原料とし
ての利用能等について調査を行っています。

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