サンゴの白化について

鹿児島県 水産試験場 生物部   主任研究員  佐々木 謙介

 テレビ,新聞等で何度も報道されましたので,ご存じの方も多いでしょうが,平成10
年の夏,沖縄から南九州を中心にサンゴの白化が発生し,大きな問題になりました。
 県内でも奄美,種子島地区を中心に,県内各地から白化現象の報告が相次ぎました。
 

1 サンゴの種類

 一口にサンゴといっても,百m以深の海底に生育する宝石サンゴ,サンゴ礁を形成す
る造礁サンゴ,さらには柔らかく骨格を持たないソフトコーラルと呼ばれるウミトサカ
類まで含むこともあり,様々です。
 このうち造礁サンゴという分類は,必ずしも生物学的に正しい分類ではありませんが,
わかりやすく,便利なので便宜上よく使用されています。
 今回白化現象が起こったのは,主にこの造礁サンゴですが,これ以外でもイソギンチャ
ク,シャコガイなどにも発生したようです。
 
 

2 サンゴの白化とは

 これらの動物がなぜ白化するのでしょうか。これらの動物が共通しているのは,褐虫
藻(ズーサンテラ又はゾーキサンテラ)を自分の体内に持つことです。これは渦鞭毛藻
類の一種で,後述するようにサンゴ(以下造礁サンゴのこと)と共生関係にあることか
ら共生藻類とも呼ばれています。実はサンゴの体(ポリプ)は透明で,通常サンゴの色
と思っているのはこの褐虫藻の色なのです。
 従って何らかの理由でこれがサンゴから抜け出ると,透明な体を透かしてサンゴの骨
格部分の白い色だけが見えるようになり,一般にサンゴの白化と呼ばれる状態になりま
す。
 
 

3 共生の関係

 では,サンゴと褐虫藻の関係はどうなっているのでしょうか。
 褐虫藻はサンゴに保護され,サンゴから代謝物の窒素等を養分として得ています。
 サンゴは褐虫藻から光合成で生産された酸素と余分な有機物を栄養源として得ていま
す。
 このようにお互いが益を得る共生関係にあります。
 サンゴは動物なので,自分で外部から栄養を摂取する事もできますが,サンゴの生育
する熱帯から亜熱帯海域は,サンゴの餌となるプランクトンなどが少なく,不足する栄
養分を褐虫藻から得ています。
 従って,白化状態になると,褐虫藻から得ていた栄養分が不足する事になり,その状
態が長く続くとサンゴも栄養不足となり,死んでしまいます。
 
 

4 白化の原因

 褐虫藻がサンゴから抜け出る原因については,降雨等による塩分の低下や,好天によ
る紫外線量の増加,海中の濁りによる光合成の阻害などの環境の悪化がいわれています。
 今回の白化については,各地の観測データから,海水温の異常な上昇,継続が主な原
因であるようです。
 次の表は県内3ヶ所の平成9年又は8年と10年の月間平均水温についての比較です。
 奄美地区の与論町船倉地先は礁池内,種子島地区の西之表市安納地先はトコブシ漁場
内,県本土地区の笠沙町小浦地先は天然藻場内の,いずれも水深1〜3mのものです。
 測定海域はサンゴ礁域ではありませんが,全体の異常な高水温傾向はおわかりいただ
けると思います。(このうち与論での日間平均水温の推移については下に示しました。)
 
 
  6月 7月 8月 9月
 与論町(H9)
     (10)
  (前年比)
26.1
27.0
+0.9
28.6
29.4
+0.8
28.2
30.8
+2.6
27.6
29.2
+1.6
西之表(H8)
     (10)
  (前年比)
23.5
 24.8
+1.3
26.2
 27.8
+1.6
28.2
 29.2
+1.0
27.5
 28.0
+0.5
笠沙町(H9)
     (10)
  (前年比)
24.4
 24.4
±0.0
26.4
 28.6
+2.2
27.9
 30.4
+2.5
26.5
 27.4
+0.9


 

 平成10年の夏期に台風がほとんど接近しなかったため,沖合の低水温の海水と沿岸水
が混合しなかったこと,エルニーニョの影響などが原因のようです。
 

5 今回の白化の範囲

 新聞報道などによると今回の白化現象は平成10年8月中旬の沖縄県(石垣島や沖縄
本島周辺)で大規模に確認され,奄美,種子島でも8月下旬には確認され,その後屋久
島や県本土(桜島,指宿,笠沙他),天草でも確認されました。さらにモルディブなど
の海外からの報告もあります。
 このようなサンゴの白化現象は,これまで県内外で確認されていましたが,これほど
の規模(地理的だけでなく水深的にも)で確認されたのは初めてです。
 これらの状況は,県大島支庁,熊毛支庁が地元の市町,漁協と共同で行った調査でも
確認されました。
 
 

6 県内の回復状況

 先に述べましたが,サンゴは白化しても自分で餌を摂取できるためすぐには死にませ
ん。
 白化から死滅するまでは,サンゴの種類や生息環境によって違いますが,3週間程度
の期間があるようです。従ってこの間に環境が好転し,褐虫藻が戻ったり,残っていた
褐虫藻が増殖すればサンゴは回復する事ができます。
 水産試験場で調査したところでは,枝サンゴとテーブルサンゴの死滅している割合は
与論(麦屋沖,10月29日)と龍郷(安木屋場,10月7日)で6〜8割,種子島(伊関,11月11日)
で2〜3割,本土笠沙町(大当,12月18日)で1〜2割でした。調査した範囲では,北の海
域のほうが回復の度合いが高いようでした。
 また全体に枝状やテーブル状のサンゴは,塊状のサンゴ(キクメイシやノウサンゴの
タイプ)に比べてダメージが大きいように感じられました。
 ただ死滅したサンゴは微少藻類が付着するため茶褐色に着色し,船上からは目立たな
くなるので,地元では回復したと思っている場合もありました。
 
 

7 サンゴ礁の再生

 1970年代後半に沖縄から奄美にかけてオニヒトデによりサンゴが大きな被害を受けま
した。このときは5〜10年である程度サンゴ礁は再生しました。それを願いつつ,今
回の件は,地球温暖化等の環境問題への一つの警鐘として受け止めていきたいと思います。

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