ヤコウガイの種苗生産
鹿児島県 栽培漁業センター 主任研究員 脇田 敏夫
○ はじめに
ヤコウガイの種苗生産と放流試験については,うしお第262,267号で紹介してありま
すが,今回は,当センターで現在行っている採卵・採苗,中間育成等の飼育手法,また,
その課題等について簡単に述べたいと思います。
採卵は,過去の産卵期調査の結果から5〜6月及び10〜11月の年に2回行っています。
親貝は,採(再)捕地である徳之島で10個以上獲れたときに,空輸してもらいます。当
センターに搬入後は,雌雄の判別(写真参照)を行い,即産卵誘発(1〜4日継続)にかけ
ることにしています。また,産卵誘発後の親貝は,アオサやオゴノリ等を与えて飼育し,
後日まとめて標識を付け,体測の後,成熟を促進させるため,徳之島の漁場に再放流し
ています。
写真−1 殻から体を引き伸ばしている様子
写真−2 直腸の隣に観察できる突起が生殖門
(写真は♀:突起が大きいのが♀,小さいのが♂)
(1) 採 卵
産卵誘発は,図1に示すように雌雄別槽で行います。(♀:5個,♂:5個以上)
@ ♀槽は,200リットルのアルテミアふ化槽(産卵槽)を使用し,紫外線照射海水
(以下「UV海水」と略記)を10回転/日の流水にします。
A ♂槽は,200リットル水槽を使用し,UV海水を6〜10回転/日の流水にします。
また,別の刺激材料(フェロモン刺激 ?)として,♀槽とサイフォンで連結し,
♀槽の海水も注入します。
図−1 産卵誘発
B ♂が反応(放精)した後,適量の精子(♀槽で1000〜2000個/ml)を♀槽に添加し,
♀の反応を窺います。
C ♀が産卵を開始した場合は,♀槽と♂槽の連結サイフォンを♂槽から卵回収槽
(100リットル水槽に60μmの円筒形ネットを設置した水槽)に切り替えます。
D 産卵が終了したら,アルテミアふ化槽の排水口から卵を卵回収槽(図2)に回収
します。
E 受精状況を顕微鏡で観察して,未受精卵がある場合は精子を追加し,受精を完
了させます。
(2) 洗 卵
洗卵は,図2のように卵回収槽内で,ろ過海水の流水により行います。
図−2 卵回収・洗卵
@ 精子の付着状況を顕微鏡で観察しながら,流水で約30分洗卵します。
A 洗卵後,受精卵は,ろ過海水を溜めた30リットル水槽に移し,産卵数を計算
した後,ふ化槽へ移槽します。
(3) ふ 化
ふ化は,図3に示すような方法で行います。
図−3 ふ化・幼生飼育
@ 500リットル水槽にふ化ネット(60μmの円筒形ネット〔直径97,深さ60cm〕)
を張り,受精卵50〜100万粒以内/槽を目安に収容し,流水でふ化させます。
水温にもよりますが,約18〜24時間でふ化します。
A 飼育水には,ろ過海水を用い,流水量は10回転/日にします。
(4) 浮遊幼生飼育
ふ化後は,ふ化ネットの底掃除を行い,30リットル水槽に移槽して浮遊幼生を計数し,
ふ化率を計算します。
計数後は,幼生飼育槽としてふ化槽と同様な方法で,2〜4日間飼育します。
@ 初期匍匐幼生が出現するまで,毎朝飼育ネットの底掃除を行います。
A 飼育水には,ろ過海水を用い,流水量は10回転/日にします。
(5) 採 苗
幼生の計数は,採苗直前にふ化率算定と同様な方法で行います。
@ 使用水槽は,室内3.3t角形水槽(5×1.1×0.6m)を使用します。
A 産卵と同時期に付着基(波板)を設置した水槽に,80万個/槽を目処に均一にな
るようまきます。
B 飼育水には,ろ過海水を使用しますが,浮遊幼生が着底するまでの2〜5日間は
止水飼育とします。
C 浮遊幼生が見られなくなったら2回転/日の流水にします。
(6) 波板飼育
波板飼育は,殻高5〜8mmになるまで飼育します。その期間は,7〜10ヶ月間を要します。
@ 成長にあわせ徐々に水量を増加し,流水量は最大で10回転/日(設備の関係でこ
れ以上増量できない。)にします。
A 飼育初期は,遮光幕(75〜95%)により照度コントロールを行い,大型付着珪藻
の増殖を抑えます。
B なお,飼育当初から付着珪藻の増殖を向上させる栄養分補給として,イオン溶
出型藻類増殖ガラスを水槽内に吊して飼育を行います。
(7) 中間育成(平面飼育)
平面飼育は,殻高10〜20mmを目処に飼育を行いますが,殻高20mmになるのに9〜10ヶ月
間を要します。
@ 殻高5〜8oに達したものから順次,波板剥離を行い,ネトロン生簀(0.8×0.8×0.5m,
目合2mm)に2,000〜3,000個/面収容します。
A 餌料は,生海藻(オゴノリ,トゲノリ,イバラノリ,キクヒオドシ,シマテン
グサ等:主に紅藻類)が良いと言われていますが,安定的かつ大量に入手するの
が困難なため,アワビ用配合飼料を与えて飼育しています。
B また,長期飼育となることから,海水温が20℃以下になる12〜4月の期間は,
21〜23℃に加温した海水で飼育を行っています。
C この他,フィールドでもU字溝とサンゴ礫を使用して造成した育成礁に,殻高
10mmサイズの稚貝を放流し,中間育成を試みていますが,食害が大きく現在のと
ころ思うような成果はあがっていません。
(8) 改良点
現在は,卵管理を第一に,産卵誘発を雌雄別槽で行い,洗卵を流水に変えています。
疾病対策も含めた卵管理の徹底により,抗生物質を使用しなくても浮遊幼生の生残が安
定して良いようです。この他,波板仕立てにイオン溶出型藻類増殖ガラスを使用するこ
とで,簡素化と付着珪藻の短期培養を試みています。
(9) 今後の課題等
@ 親貝が安定的に入手できないので,採卵試験が計画的に行えない。
A 採卵が夜中におよぶ上,産卵誘発に供しても必ず産卵するとは限らない。
B 稚貝の成長が遅いため,長期飼育が必要となる。
C 放流に耐えうる健苗稚貝の育成が必要となる。C 等が考えられます。
以上,簡単に種苗生産の流れ等を列記いたしましたが,課題点も多くこれらを改善し
ていくため,さらなる技術手法の改良・開発が必要であると考えています。
○ 追 記
徳之島で天然稚貝調査を依頼した時,貝採り名人?いわく,「夜光貝の稚貝(30〜50mm)
は,リーフ先端部の波しぶきがさらう窪みにマアナゴと一緒に見つかることが多い。」
とか,機会があればセンター内でもトコブシと飼育してみようかな?
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